私が要約筆記者になりたての3年前、初めて先輩のパソコン連携通訳を見たイベントです。 とても滑らかに文字が表出されていき、美しいと感じました。 目指すべき姿が今でも脳裏に焼き付いています。 それはさておき、映画の話です(ネタバレあり)。 【あらすじ:耳が聞こえない元プロボクサー小笠原恵子の自伝に着想を得た作品(2022年 三宅唱監督)。 主人公ケイコ(岸井ゆきの)は、ホテルの清掃係として働きながら、下町の小さなジムで鍛錬を重ね、プロのリングに立ち続けている。 嘘がつけず人付き合いも苦手な彼女は、言葉にできない悩みが心に溜まっていく。そんなある日、ケイコはジムが閉鎖されることを知る】 2023年4月29日(土)YCAMで見終わった直後は、消化不良感がたっぷり。 数日たってようやく消化が進み、「そういうことだったのか」と自分なりに腑に落ちたので、忘れないように書いておこうと思いました。 その後すっかり忘れてしまい、今回リレーエッセイの順番が回ってきて、さて何を書こうかとあてどもなくハードディスク内を探し、たまたま見つけたのが3年前に書いた以下のメモです ^^; 【とりあえず、2つの謎が解けたように思う。 1つは題名。「目を澄ませて」の意味。 「ボクシングで耳が聞こえないのは致命的だ。そのうえ彼女はリーチもスピードもない。でも、目はいい」と言う会長のセリフがあった。 よく見えるなら、改めて目を澄ませる必要もないだろうに。 ぼんやり考えて、ふと思いついたのは「(心の)目を澄ませて」と補えば筋がとおるかな、ということ。 偏見や思い込みがあると、目の前にあっても気がつかないし、見えても拒絶する。 それを表している映画前半の場面「コンビニ店員の親切心からの提案をケイコが無視する」、「移籍を引き受けようとする他ジムの会長(聴者)の拙い手話にケイコが固まる」など、善意を素直に受け止められない場面が悲しい。 でも後半では、「ベッドメイクにてこずる後輩にケイコが手本を見せながら見守る」、「弟の彼女のダンスに合わせてケイコが微笑みながら踊りだす」など、心が開かれ始めた場面にほっとする。 2つめは、上演後のトークイベントで、会場からの質問「(映画終盤の)ケイコたちの談笑場面は手話で何を話していたのか?」に、監督が「恋ばなじゃなく、手相で金運が上がっているよという、たわいのない話」と答えた後で「実は、この場面はクランクインで最初に撮影した」と種明かししたこと。 するっと腑に落ちた。その場面のケイコの表情がとても柔らかく、屈託のない笑顔だったから。 映画前半の固く無表情なケイコとは別人のようだった。 おそらく、岸井さんが役作りを進める過程で、聴覚障害者になりきるために心が徐々に頑丈な殻で覆れていった(のではないか)。 クランクアップの時点では、一番無表情になっていたかも。 監督はそれを計算し、実際の撮影順とは逆に場面を並べるアイデアで、心の再生を演出してみせた(に違いない)。 「若いころは、困っていても明日になれば突然いいアイデアが浮かぶかもしれない、と思っていた。 でも今では、こま切れだけど、一つひとつ丁寧に積み重ねた結果が90分の作品になることがわかる」という監督のことばにも勇気をもらえた。 私も駆け出しの要約筆記者として、近道を探すのではなく、少しずつでも経験や知識を積み重ね、そして何よりも(心の)目を澄ませたい】 以上、3年前のメモを読み返して、新しい疑問が。 自分で決心しておきながら「(心の)目を澄ませる」方法がわからない。もやもやする ^^; 偏見や思い込みはないほうがよさそうだけど、特定の時代・社会で生きるかぎり、その文脈に沿って取捨選択された情報に囲まれている…映画「マトリックス」(1999年)の世界に似ているかも。 シリーズを一気見したい誘惑が! 結果は次回、エッセイの順番が回ってきたら。