私のおすすめの本
京都市中京区の古いビルの5階にある「中京こころのびょういん」。
看護師と医者の2人だけのちょっと風変りな病院である。
悩みを抱えた患者が来ると、話を聞いたあと、医者は「わかりました。
猫を処方します。しばらく様子を看ましょう」と言う。
そして、看護師がキャリーケースに入った本物の猫を持ってくる。
驚く患者に医者は「そこらへんの薬よりも、よく効きますよ。
慣れてへん人でも猫の効き目はばっちりです」と言う。
半信半疑で、猫を抱えて帰る患者、1話では25歳の青年が、2話では職場の人間関係に悩む中年男性が、3話では小学生の娘と母親が、4話ではバッグの専門店を経営する女性が、5話では、祇園で働く女性が、それぞれ処方された猫に癒され、元気をもらい、立ち直っていく。
そして、元気になって、猫を返しに病院へ行くと、「ああ、いい顔色ですね。猫が効いたみたいですね」と医者は言う。
このお話のなかには、保健所で殺処分される猫の話や保護猫センターの話、そしてペットショップで大きくなり過ぎた猫の話などにも触れられている。
心温まるお話で、続きを読んでみたいなと思っていたら、どうも5まで出ているらしい。
そんなに出ているのかと、ちょっとびっくりでした。
母親は22歳のとき、未婚で娘冬子を産む。
母は小学生のころ父を亡くし、祖母は幼いころ父を亡くしている。
主人公冬子は、子どものころより、母親より先に死んではいけないという強迫観念を持っていて、それは人生を通して、母が亡くなるまで生きている意味でもあった。
彼女は大学を出て10年出版社に勤め、32歳で子供向けの本屋を始める。
母親が72歳のころ認知症が始まり介護が必要となった。
50歳になり店は軌道に乗ってはいたが、回していくのは自分で、そんな中でも、介護の手を抜くことはなかった。
介護の様子には頭が下がる。この本はこのまま介護(7年にわたる)のことで終わるのかと思われた。ページの半分以上になっても母との様子だったから。
しかし、半分を過ぎたころ、穏やかな母親の最期がおとずれる。
彼女はそのとき泣いていない。
母親が亡くなってから、彼女には愛する者たちが思い出の中に登場してくる。
同い年の男は多くを語らずおだやかで、本屋に置くPOPを書いてくれた。
バイク事故で男が亡くなる。仕事を拡張したころで、泣いている暇はなかった。
泣くのは明日になってから、そういって先延ばしにした。
親しかった友人、愛するひとたちを見送ってきた。
そして、72歳になった自分を振り返り、がんの検査結果を告げられる前夜、一番信頼した女子店員に店を譲ること、自由にしてくれていいと手紙を連ねる。
そして、思う。わたしはもういつ死んでもいいのだ。
心残りがなく、大きな解放、自由。
長い間封印していた涙が、はらはらと流れてくるのだった。
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